
今から23年前(1989年)夢枕に立った「未知の人」から「お前は23だ。23を名乗った時からお前の本来の『生』が始まる」と告げられ、それ以来ボクにとって「23」という数は大切な数になりました。
やっと「23」を名乗ったのは今から9年前、2003年の2月3日に静岡で「atelier23」という名称の場を構えた時です。
そして確かに、それ以降のボクの人生は大きく軌道を変えて行きます。
簡単に言えばそれまで積み上げた「常識、お金、家族、信用、仕事等」社会的な価値が一気に崩壊の方向に流れ、6年後(2009年)には辺境の地「屋久(89)島」に立っていました。
その時に底を打ち現在に至ります。
昨日の2月3日にその事を思い出し考えていて、おそらくその日夢枕に立った「未知の人」とは、いまの自分なんじゃないかという確信めいたものを感じていました。
人は「自分」を「特別な者」として見たい欲望があるものです。
目標や理想を掲げ、それに向かって突き進む様な人生を「華」に例えます。
それを手にしたり実現することを「生きている目的」にします。
ボクはボクに向かって「生きる目的」を提示し、人生の意味を持ちたかっただけなんじゃ無いかと感じたのです。
自分の鼻先にニンジンをぶら下げて必死で走っている様な姿を想像して笑ってしまいました。
そして振り返って見れば、「目標や理想」というニンジンがもたらしてくれたのは成果では無く、「ただ生きてきた」という記憶です。
先日若い友人が「これからどうするの?」という質問に答え「ただ生きるだけ」と答えていました。
その時「ボクもそう!」と相づちを打つ自分が居ました。
「考えているという」ことが「生きる」こと。(もし考えていなければ「感じること」は出来ません)
しかしその「考え」の結果や成果はあまり重要では無い様に思う様になりました。
その視座にいると「自分」という者の輪郭が次第にぼやけ、時空に合わさり、煙の様に消えてしまいます。
自分の存在意義とか理由など、おそらく自分には分からないのだと思いました。
分からないからこそ「考え(生き)」続けているのです。
気が抜けて部屋の空中をぼんやり見ていたら「エンシン。。エンシン。。。」と誰かに呼ばれました。
円心……円の中心であり円周。 それは「同じ」もの。最小と最大の融解。
ボクを呼んだのはおそらく自分自身でしょう。
およそ「個人」に付けるにはふさわしくないこの「名」を、ボクは自分の「心」としてこれから絵に記して行こうと思いました。
この「名」を名乗る度に、ボクは自分などどこにも居ない事を思い出すでしょう。
大きく一巡りした「わたし」という葛藤をひとつ手放して、この人生をただ生きて行きたいな~と思った記念日でした。
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