屋久島すごいよ

「屋久島すごいよ!屋久島ヤバいって!!」
去年の10月26日に名古屋のトライバルアーツで宇宙人お〜ちゃんの出演するライブがあり、私は初めて会ったお〜ちゃんからこう聞いた。
「屋久島はどんな感じなの〜?」と聞く。
「こんな感じだよ〜」と自分を指差し、瞳をキラキラさせて嬉しそうに喜ぶお〜ちゃんにこれ以上ない説得力を感じて(笑)私は屋久島に住むことを決意した日だった。
だからこれは冗談のようだが、本当の話です。
その日はいっちゃん(妻)の誕生日であり、それは私がいっちゃんの本質に気づいたというスピリチュアル体験をした日でもあり、ダブルの衝撃波は私の軌道を大幅に変えたのだった。
私はその夜ずっときらきら笑っていた。
気づきによる歓喜の体験というものではないだろうか。と思っている。(目撃者は麻理子)
その宇宙人お〜ちゃんのライブが屋久島の天然村で昨夜あり、上の話をしたら「そういえばそうだったね〜」ときらきらの瞳で「屋久島ヤバいよね〜」「ヤバいよね〜」とそれしか言わない。
何がヤバいのかと言うと、これはどう言ったら伝わるのかとフと迷う。

今朝は原付で片道25分の「大川の滝」に行った。
その間の県道から見える風景、風に混じる花や新緑の香り、薄曇りの空が映る海の優しい色。
その全てが特別なものとして普通に在り、帰りに寄った中間の浜に咲く花や葉っぱの勢い等を見ているだけで、それだけで私はキマったような状態になり、現在までに様々なものに触れて「これが自然だ」と感じて来た自分の感性が、まだまだ全然何も気がついていなかった事を思い知る。
今目の前にあるものは今まで自分が生きて来て初めて触れると言える程特殊なものでは無いとは思うが、「これは初めて見た」と脳が感じているのだ。
だから昨日までの事が、さっきまでの事がそんなに重要な事では無いと感じてくる。
常に新鮮であり、興味は「今」に集まる。
昨日までの特別な感動が日々上書きされていくような場所。
それが(人によるとはしても)何年経っても色あせない場所。
私はそんな場所を他に知らなかった。

私は生まれて初めて蟻や樹や草に触れ、鳥や波や風を感じている。
そんな言葉がいつでも言えるような生活という日常。
人間と普通の感覚としての「慣れ」が揺らぐ磁場の島。
オチオチ安心していられるハズもなく、同時に大自然に委ね切っているような矛盾。
そんなヤバいバイブスが満ち満ちている島。
お〜ちゃんの言った通りでした。

こんな所に住めるなんてよほど善行を積んだとか、前世でイイ事をしたとか、余談ですが、私は最近の霊的な認識で「前世はない、魂は輪廻転生をしない」と確信を得たのですが、それでも「前世」のせいにしたくなる程、宝くじに当たったような感覚でいます。
これは本当に私の仕事を通してこの感覚を伝えるような働きに持って行かないと、
お天道様に申し訳ないと思う気持ちです。

このところ、屋久島に30年前に移住したセンパイである、詩人の山尾三省さんの本を今更ながらに読み、氏の知性の大きさ深さに驚愕しています。
このような叡智の巨人」が屋久島に存在し、多くの人々と村を創っていた。
軽々しい「エコヴィレッジ」なんて台風のように吹き飛ばしてしまう大きな知性。
こういう仕事をした人を先駆者に持ち、いままでもこれからも沢山の才能を招集し続ける屋久島ですから、世界遺産という名に相応しいような、自然環境であり人間環境でありを大切にして進めていく事が、地球にとっても太陽系にとっても大きな財産なのだな〜と、しみじみおもふ君あり故に我在り。
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by prema-maaru | 2009-04-17 11:37 | Comments(0)