絵を描くこと。


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私たちは生まれて来て、目にしたもの耳にしたものを、最初はだたそのまま見て聞いていたはずなのに、だんだんと大きくなるに従って「意味付け」をして行きます。
だいたいは親や周りの大人やテレビなんかからの情報だと思うんだけど、一旦意味付けがされてしまうと、今度はそれが土台になって徐々に自分の周りの世界の色数や音色が増えて行きますね。
小学生位になると始めの頃の記憶は飛んでしまっていて、意味付けした世界が始めからそうであったかのように思ってしまっています。
「ただ見て聞いた」ものが「意味のあるもの」に変わってしまうのです。
それが良いか悪いかは置いておいて「みつごの魂百まで」ということわざは人間の習性を良く表しているのだと思います。
私たちはその自分が無意識に決めた世界設定から外に出にくいのです。
ちょっと外に出た時に精神的には大爆発を起こす訳で、アハ体験とか呼ばれていますが、ほんの小さな「目からウロコが落ちる」でも、本人にとっては人生の意味付けが大きく軌道修正されるほどの事もあります。
「真っ当な人生を歩く」と言われる様な生き方は、この「目からウロコ〜」が出来るだけ起きない様な、意外性がなくて順風満帆で終えられるような生き方を言う事が多いように感じますが、実際は何度でもウロコを落とした方が「楽しい人生」なんじゃ無いかと私は思います。
ただこればかりは椅子に座って考えていても中々そうはならない。
とても簡単な方法があって、それは「絵を描く」なのですが、
例えば一輪の花をじっくりと観察して、それからその花の絵を描くと、それまで見えなかった色やかたちがどんどん見えだしますよね。
他人でもそうで、一緒に暮らしている人などでも、じっくり見る事でそれまで気がつかなかった事がどんどん見えて来ます。
絵を描くという行為は、つまり「見る」力を大きくしてくれるのです。
別に絵が上手くならなくても良いので、見る為に「絵を描く」という行為の有効性を味わっていただきたいと思います。
絵を描く目が育って来たら、絵を描かなくてもそういう目が備わりますので。
2015年からボクは、方々でそういう事をお伝えするような機会を多く作って行きたいと思っております。


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by prema-maaru | 2014-12-28 16:02 | Comments(0)