一巡り


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5年前に描いた絵がFBの計らいで巡って来ました。

いろとかたち 悪を抱く 2011 12 21



この絵は完全に屋久島を描いた絵で、5年前と言うと屋久島から府中に移り住んでしばらく経った辺りです。

著書にその辺りの事は書きましたが、屋久島に移り住んだ2009年4月中旬に海岸で、いわゆる「覚醒体験」のような事があり、しばらくはただハイになってはしゃいでいました。
その話を著書の発売記念も兼ねて全国各所でお話会をしていた頃もありましたが、そんな話をいくら話しても伝わらないのを感じて帰って来ました。

そういう体験をした人の話を聞く、という事しか提供出来ていなかったんですよね。
ならば、とひねり出したのが「かおの絵」で、対面で顔を描かせていただくお点前が、気がつくと「そのなか」に連れていってしまいます。
聞くのでは無く実感するのでした。
もちろんそんな事で人生が変わったり何か目の前が開けて明るくなる事はありませんが、目の前のモノとの間にある空間の中に無数の無限のような記憶と生命力がうごめいているのを感じた人も多くいらっしゃると思います。
お陰さまで「かおの絵」は全国で4~500枚は描いたでしょうか?
しばらく私の代名詞でした。

その後「思い切り大作に取り組みたい」気持ちが溢れTOTEM以降の作品に繋がります。
それから5年経ち、自分にとって一番沸き立つ事が一巡りして戻ったのを感じています。
真顔絵は「かおの絵」の別角度の作品ですが趣向は同じです。

これは描きながらですが、茶道の作法の中に既にこの空間出現の秘密があった!と発見した時は驚きました。
茶人、特に千利休が「何をしたいたのか?」を考えると、当時の日本人の精神性の高さに恐ろしいものを感じました。
彼らは宗教的な知識を学問じゃ無く「行為」までグランディングしていたのです。
日常にそれを落とし込んでいて、まさに死にながら生きている。生きながら死んでいる。
という境地に居た人も数多く居たのでしょう。
自らが「霊/SPIRIT」と知っていたのです。

私にとって「真顔絵」は現代版の茶の湯です。
来年二月以降の席には本物の「茶の湯」も加わる予定です。
また一歩進みます。




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by prema-maaru | 2016-12-21 08:02 | Comments(0)