2016年 12月 21日 ( 2 )

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前々からblogとFBとinstagramのそれぞれの特徴を生かして面白い展開をしたいと思っていたが中々手がつかなかった。

どれかがメインに(今はFB)になってしまって勿体ない感じになっている。


ところがFBは「流れて行く」特徴があるので記録ものとしては弱い。

そういう点はblogやinstaの方が分がある。

2017年の目標はそれぞれを使い分けて自分メディアを確立する事です。


思えば2000年位から急激に広がったITの何が変わったか?は「自分がメディアの中心を張れる」という事で、それまでは一部の人の特権だった発言力を(かりに発言力の無い人でも)持てるという所だ。

多くの人の眼にふれる発信をする人は、それまでよりも「わたし感」が増しているのでは無いだろうか?

その他大勢とか、大衆とか、そういうひとくくりから一つ抜け出し、「これがわたし」感を持つ様になったのがITの革命性だと感じる。


私も以前、たぶん2000年位だと思うがある方から「あなたはコンピュータを使うとめちゃくちゃ才能が開花する」と言われた事があって、そんな根拠の無い予言めいた話は信用しなかったが、振り返れば確かにネットを使った発信で今は自分の仕事が成り立っている。

あの人こそ本物の予言者だった。


右に「記事ランキング」というのがって「事に仕える」という記事がいつも上位にある。

内容は怖くて(笑)というよりも今更めんどくさくて自分では一度もクリックした事が無い。

でもいつも上位にあるんだから何か皆さんを納得させるものが書いてあるのかも知れない。

まずそれをクリックする事から、私のネット編成を開始してみようかな。






Instagram マシマタケシ
Face book マシマタケシ

真顔絵
其のそのもの
『ヨミの星』
己読のこよみ
ヒカリの光のキセキ
にほんのnihon
NAVELのヘソ
ko yo miのこよみ
ke ha hiの気配
YOMIの記録
TOTEMの全容


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5年前に描いた絵がFBの計らいで巡って来ました。

いろとかたち 悪を抱く 2011 12 21



この絵は完全に屋久島を描いた絵で、5年前と言うと屋久島から府中に移り住んでしばらく経った辺りです。

著書にその辺りの事は書きましたが、屋久島に移り住んだ2009年4月中旬に海岸で、いわゆる「覚醒体験」のような事があり、しばらくはただハイになってはしゃいでいました。
その話を著書の発売記念も兼ねて全国各所でお話会をしていた頃もありましたが、そんな話をいくら話しても伝わらないのを感じて帰って来ました。

そういう体験をした人の話を聞く、という事しか提供出来ていなかったんですよね。
ならば、とひねり出したのが「かおの絵」で、対面で顔を描かせていただくお点前が、気がつくと「そのなか」に連れていってしまいます。
聞くのでは無く実感するのでした。
もちろんそんな事で人生が変わったり何か目の前が開けて明るくなる事はありませんが、目の前のモノとの間にある空間の中に無数の無限のような記憶と生命力がうごめいているのを感じた人も多くいらっしゃると思います。
お陰さまで「かおの絵」は全国で4~500枚は描いたでしょうか?
しばらく私の代名詞でした。

その後「思い切り大作に取り組みたい」気持ちが溢れTOTEM以降の作品に繋がります。
それから5年経ち、自分にとって一番沸き立つ事が一巡りして戻ったのを感じています。
真顔絵は「かおの絵」の別角度の作品ですが趣向は同じです。

これは描きながらですが、茶道の作法の中に既にこの空間出現の秘密があった!と発見した時は驚きました。
茶人、特に千利休が「何をしたいたのか?」を考えると、当時の日本人の精神性の高さに恐ろしいものを感じました。
彼らは宗教的な知識を学問じゃ無く「行為」までグランディングしていたのです。
日常にそれを落とし込んでいて、まさに死にながら生きている。生きながら死んでいる。
という境地に居た人も数多く居たのでしょう。
自らが「霊/SPIRIT」と知っていたのです。

私にとって「真顔絵」は現代版の茶の湯です。
来年二月以降の席には本物の「茶の湯」も加わる予定です。
また一歩進みます。




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