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昨夜から台風並みの風が吹き荒れていて、

まるで今年の大掃除をしているように思える。

今年は私にとって忘れられない年になった。

これほどの変化を感じた一年は無かった。


去年の後半に「おおいなる気づき」と呼べるような覚醒体験が2つあり、

これは屋久島に住んだら行っちゃうのかな?という予感はあった。

それまで「覚醒」というものに、強い興味があった訳では無かった。

まぁ、死ぬまでに意識の急激な変化を体験する事もあるかな、という程度だった。

屋久島に移住して数日後にそれは唐突に起きた。

しかし、それをかいま見たら「あぁいまだったんだ」と思った。

過去から未来までが同時に起きていて、全ての生命が同じひとつの生命であり

私たちは産まれて来ただけで何もする必要がないほど完成されていて

ひとりひとり完全に愛されている。

ひとつのおおいなる生命を源にして、生まれ変わりは無かった。

宇宙はシンプルな上にシンプルな構造をしていて、

努力して勉強して到達するようなものは何も無い。

そして「悟りは到達するものでは無く、始めから皆悟っていた」

それが理解出来る事が、覚醒である。。。。。

私はこのような事を一瞬で理解して。

しかしそれは「学んだ」訳では無く「思い出した」に過ぎない

だからこれに関しては、誰かと議論しても仕方が無いと思っている。

私は知っているのだ。

宗教や精神世界の常識が、これと違う部分があるのも知っている

だけど、私がはっきりと言えるのは、それは体験では無く思考だろうと言う事。

「見た」と「考えた」の差は永遠に融合しない。

私の覚醒体験は、いわゆる「神秘体験」では無く「生命体験」と言った方がしっくり来る。

いわゆる神秘主義(オカルト)というものが、思考が作り出した幻想に思える。

そういう誤解が、これからオセロのこまがひっくり返るように次々に分かって行くと思うと

わくわくせざるを得ない。



自分が見た世界はそれまで考えていたものとまったく違っていたから

確信を得る為に同じような事を言っている人を捜した。

その世界を形容するとしたら「いまここ」しかなく、検索して難なく見つかる

いまここ塾の阿部敏郎さんが、同名のブログをやっていたので、何の苦労も無くすぐ見つかったけど、内容を見て驚いた。

私が見た世界とまったく同じ事を言っている人に出会ったのだ。

さっそく博多で開催された「いまここ塾」に参加して、ご本人を見て納得した。

自分の見た世界が大きな確信に繋がった。

その後阿部さんはご夫婦で屋久島に来られたので、その時は自分の事も少し話す機会があった。

阿部さんは覚醒してから25年という、重みと強さのある方で、たぶんこれから大きな仕事を控えているだろう。

自分が確信を得たら、次々に覚醒が伝播して行くのが分かった。

まずは一番身近にいるいっちゃんが覚醒する。

夫婦で覚醒!というマンガチックな説得力を得て、周りの人たちが本気になって行く。

いまでは「覚醒前夜」と思える人が6〜7人に増えている。

この流れが2010年に向かって行く。

2010年、世界は覚醒する。

そういう気運が高まっている。

もうすぐしたら、覚醒なんて珍しい事じゃ無くなるもの分かる。

そんな世の中がもうすぐやって来るのだ。

それは当然と言えば当然!

混迷とした世界に根本的な変革をもたらせたかったら?

政治や主義にはどうする事も出来ない事が分かったら?

それは「個人の自立」しか無い。

覚醒は、地球市民にとって、必然必要な流れなのです。

次の一歩。。。。。が、始まりました。

お帰りなさい。

おめでとうございます。










今年最後のへんがお





「よいお年を!」









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おぉ!気がついたら2009年もあと2日ですが、我が家はどんどん動いていて、昨日の朝7時前に外で重機のバリバリする音に気づいて出てみたら、ウラの小屋がユンボに押されて崩壊寸前でした。

(笑)

もちろん、お願いしていた事なので驚きはしませんでしたが、「こんな時間に!」

いつ来るかは知らされていなかったので、コントみたいな展開にちょっと上がりました。

年末ギリギリまでドラマは続きます。

見事数時間でウラの小屋はきれいにさっぱりと無くなり、数十年ぶりに陽光を浴びた地面や木々がまぶしく見えました。

小鳥達が大挙して騒いでいたのは、掘り返された土に潜んでいた虫達の思いがけない露出。

いつも庭に来るジョウビタキもシロハラもイソヒヨドリも、「こんななっちゃった!」みたいな顔をして新しい空間を確かめに来ます。

周りの生き物達にもニュースであったのでした。

いっちゃんと「どうしていこうかね〜」あれこれ考えて楽しんでいます。

どんな植物を植えようか、どんな樹を植えようか。

どんな空間を作って行こうか。

私たちの意識が、この空間を創って行く事をイメージしています。






エキサイトして鼻の穴が広がってしまいました。

こんなんなっちゃいました。


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いっちゃんが正月休みに入った昨日は、普段やらないような事を二人でやりました。

家の周りの掃除やゴミ拾いを終えて、大川の滝に行って瞑想。

ほんのちょっとの時間でも、深いところまで入って行きます。

山の上で雨があったのか、雪が溶けたのか、いつもより水量が多く、

しぶきで虹がかかっていました。

その後、塚崎の浜に行きました。

古代の浜。恐竜やアンモナイトが居てもおかしくないような雰囲気です。

そこで散歩していたら、自分が古代から現代までずっと知っているような

不思議な気持ちになっていました。

大きいところです。深い気持ちです。



屋久島に観光に来る方は、少ない日程で縄文杉や白谷雲水峡を巡って、へとへとになって帰って行かれますが、屋久島という島はもっともっと沢山の面があり、本当は1週間くらいの日程でいらした方がいいんだけどな〜と思います。

島に満ちるもの凄い生命力は、誰しもの潜在意識に働きかけ、忘れていた生命の炎を灯します。

先日も名古屋からアーティストの友人がひとりで来て巡ったのですが、覚醒の手応えを得て、ぴかぴかに輝いて帰っていきました。

準備が整った人には、よ〜く効きます。この(ヤク)は!
*屋久島は薬(やく)島とも呼ばれていました。

ゆっくりと瞑想して気づく旅、

目覚めの準備の旅、

生命力の強力な後押しに身を任せて、ゆったりと過ごす屋久島がお勧めです!

観光シーズンのオフ時期が良いですよ。





年末「あほがお」










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こうして毎日ブログを更新していますが、昨日ひっさしぶりに以前の記事を辿ってみて

毎日の絵があまりにも変わらないのに驚きました!

自分としては毎日新鮮な気持ちで新しい世界を創るぞ!!という気概で望んでいますが

お伝えしたいメッセージが一緒だと、こういう表現になるんだな、と

自分の事を外から見る気分を味わいました(笑)

かと言って、それでいいと思っているんですけどね。

自分の一生を通じて描いた絵が、ひとつひとつのパズルのピースで

大きな一枚の絵を構成するメンバーになればそれでいいと思います。

絵の題名も「いろとかたち何年何月何日」みたいに、

同じメッセージの連続のその日を表していければ

このマンネリも、後々に大きな意味を持つのだと思います。

年末のお忙しい時期に訪ねて来て下さってありがとうございます。

私は年中無休、年末年始も無休で更新します。

特別な日は無く、毎日が新鮮で輝いている事に感謝を込めて!!
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生命力(LIFE FORCE)の働きが理解出来てくると、様々な生き物のいろとかたちが見えてくる。

それまでは漠然と見ていた姿が、とても意味のある、いや、宇宙的に決定的に必然の個体であるという事が分かってくる。

その生き物は「その生き物」以外にはあり得ないくらいに「その生き物」なんだ。

例えば鳥には数多くの種類があり、渡りをするもの、地域に定住するもの、飛べないもの、水に入るもの、etc,,,

それぞれの違いが、鳥という種類を超えて、「いま」の自然界には無くてはならない働きの担い手だという事が分かる。

それが、知識や観察で理解するのでは無く、感覚で伝わってくる。

私たちは生き物に名前を付け、生態を観察し、分かったような気になっているが、その生き物が「何故創造されたのか?」という最大の興味に関してはまったく未知のままだ。

その「何故創造されたのか?」が感覚的に分かってくるのだ。

全ての存在は欠けがいのない宇宙のメンバーで、パズルのワンピースであり、大切な部分だ。

それが無くなるという事は、宇宙が以前の様に存在出来ないという事であり、その時点の宇宙の終了を意味してしまう。

しかし、宇宙は一瞬一瞬の明滅を繰り返しながら。常に最新バージョンの宇宙を繰り返して行くのだ。

全ての生命は、その壮大な創造に関与していて、どれをとっても無駄の無い位置に配置されている。

宇宙が間違えたり失敗したりする事はあり得ない。

なぜなら最初から結果が決まっている物語を体験しているのだから。

ちょっと話が大きくなってしまいましたが(笑)

つまり、私たちのひとりひとりや、生命のひとつひとつ、

まったく無駄の無い創造のプレイヤーであり、唯一無二の尊い存在なんだと理解するのが

「そのとき」だったりするのです。

これが分かると人生が楽になります。

だって私たちはこのままで良かったんですから。

何も変える必要が無く、何にもなる必要がなかったんですからね。
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この空間にはもの凄い生命力としか呼びようが無いエネルギーが満ちあふれ

一度その存在に気づいてしまったら、樹が、生き物が、空が、海が、人が、

それまでとまったく別の見え方に変わってしまう。

それぞれ関わり合いながら、共鳴し合いながら、存在し合っているのが分かってくる。

それはあたかも「ひとつのおおいなる命」の中に生きる様々な細胞のように。

本当に小さな小鳥の身体の中に、全宇宙を一瞬で創造してしまうほどの強力なエネルギーが宿っている事や、生き物とは呼べない海や山に、大きな大きな心が在るのが分かってしまう。

しかしそれは、私たち全員が始めから知っていた事で、余りにも当たり前すぎて意識していない事なんだ。

ちょうど、呼吸している空気の存在を忘れてしまっているのと同じ様に。

海中に引き込まれたら誰でも感じる空気の存在を、いま、呼吸を意識することで発見するように、しずかにゆるやかに、この時代が生命力を感じ出している。

その存在を再確認した人は、自分たちの今までのやり方を顧みて、ほとんどの事がばからしく思えてしまうだろう。

生命力に抵抗するやり方をやめて、流れに従うだけで、これまでの何百倍もの成果が現れるのだ。

それもこの一瞬に、すぐに、現れる。

いまが輝き出す。いましか無いのが分かる。

そんな時代が、もうすぐそこに近づいているのを感じています。

それは私たちひとりひとりの職場から、家庭から、地域から。

ゆっくりとたしかに、目を覚ますのです。
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昨日は旧知の家族が訪ねて来てくれた。

とても久しぶりな上に、私もいっちゃんも「言う事」がまるで違っていたから、最初はぎこちない始まりだったけど、この「いま」に仕込まれていた『コト』は、完璧なタイミングで起きていた。

私たち夫婦は、もう笑っちゃうほどに「覚醒」にしか興味が無く、何を話していてもソコに持って行ってしまうから、ウチに来る人は覚悟のウエおいで下さい(笑)

私たちの共通の策略は、一人でも多くの人の目覚めに関与する事で、それはもう譲れないほど。

最高に贅沢なごちそう!!を振る舞いつつ、自分たちもご相伴にあずかる。

贅沢なごちそう!って、何も食べ物じゃないですよ。

この宇宙に充満する生命力の濃いエネルギーをさらに濃縮して、エキスを取り出し、それを錠剤にして、ぽぉ〜んと口に放り込むようなもの。

自分でも知らない内に感染して、あれよあれよと言う間に「目覚め」に向かって一直線。

それがまた違う人に感染して。。。

そういうビジョンを宇宙が企んでいるのが分かっているから、私たちはそのコマになって動くのです。

何を望まなくても、何を欲しがらなくても、必要なモノコトは全てこちらにやって来るから、私たちはココに居て待っています。

最高のタイミングは本当の「あなた」が知っています。

そこには「いつ」や「どこ」が無く

永遠の「いまここ」があるだけ。
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HELIO COMPASS 2010年版の販売がはじまりました。

こちらのHPは、まだ整備完了になっていないようですが、コチラでお買い求めいただけます。

私の手元にもまだ届いていませんが、随所に私の絵が使われていると思います。

HELIO COMPASSは、一兆分の一に縮尺された太陽系の地図です。

マヤの長老、フンバツメンに師事し、考案した杉山開知が、生命力を注いで作り上げた力作です。

毎年マイナーチェンジして進化して行くので、その楽しみもあります。

今回は「惑星ピン」も標準装備とか!


これはいわゆるカレンダーなのですが、私たちが普段使っている「何月何日」というものさしでは無く。

今日、太陽系はどんなフォーメーションなのかな?  という太陽系運行地図みたいなものです。

太陽系をひとつの生命としてとらえて、その中各惑星の位置、それぞれの及ぼす影響、角度。

少し占星術に興味のある方ならすぐにピンと来るでしょう。

ただ、従来の占星術と違うのは、地球(わたし)を中心とした見方では無く、太陽(世界)を中心として見る点です。

私は、この視座の違いが、エゴ的なものからの脱却を意味していると感じています。

とにかくユニークな暦です。

ご興味のある方は是非!

クリスマスイヴの今日は小潮なので、4時に起きて海中温泉に入ろうと楽しみにしていたら、あいにくの雨でした。

屋根が無いので雨だと腰が引けます(笑)

この海中温泉も、月の位置や時間の推移を感覚的に教えてくれます。

干潮時刻が何となく分かる身体になっています(笑)

惑星意識。
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ものごとの根底にある動機が「愛」なのか「不安」なのかを、見極める事は、自分が幸せに向いているのか?不幸に向いているのか?を客観的に知る視座です。

本質的に言えば、この世界には「愛」しか無いのですが、
「愛」が足りない、欲しい、という欠乏感が「不安」の温床です。

「不安」をベースにしていると現れてくるこころの特徴は。

過去への後悔。未来への不安。疑いの眼差し。不信感。などです。
何も信用出来ないのです。
何が本当なのかまるで分からないのです。

不安を下敷きにすると、あらゆる宇宙の事象を最初にひっくり返して見る癖がついてしまうので、真実が逆さまに見えてしまう傾向にあります。

つまり、いつも自分が逆立ちしているようなものです。

逆立ちすると頭に血が集まって冷静になれません。
呼吸もし難いですね。
なによりいつも不自由です。

不安を抱えていると、他人が信用出来ないから常に連絡を取り合い、意思を確認したくなります。

恋人が自分を裏切らないかと不安で夜もぐっすり眠れません。

今持っているお金がいつ無くなるか不安なのでもっと欲しくなります。

こんなに人はいっぱい居るのに、いつも自分はひとりぽっちです。

一番良いのは、逆立ちを自分がやめれば良い事なんですが、世の中のほとんどの人がず~っと逆立ちしているので、自分だけがやめるのは「間違った事」だと思っています。

しかも、逆立ちは誰もがモノゴコロ付いたあたりから強要され、人生のほとんど、死ぬ寸前まで続きます。
途中で逆立ちをやめる人が少しはいますが、そういう人は大抵無視されます『あのひとは変わってるんだよ」って。

上手く行かないのが人生だと信じています。
この先にどんな不幸があるのか覚悟をしなくてはならないと考えています。
家族の為に自分を犠牲にする事が人間にとって一番の名誉だと思ってます。
がんばって逆立ちを続けて行こうと思っています。

逆立ちを人生の別名だと信じています。
逆立ちを続けていたら、いつかきっと幸せになると信じているのです。

それが本当の人生だと、立派な生き方だと思っています。



ってな感じですが。。

この問題点としては、不安で生きている人が目立たない事なんです。
なぜかと言うと、今の世の中のほぼ全員がそうだからなんです。

「私は愛に生きる」って言う人も、神仏を信仰している人も、霊性の道を求めている人も、本質的には逆立ちしているのと変わりません。

逆立ちしている地点から、「愛」を語っているのです。


語るのではなく、やめるのです。

やめる事を「目覚め」って呼んでいるのです。

だから「目覚め」は、どんなに考えて(語って)も、来ません。
そもそも、行為自体の違いなんです。

目覚めて普通に生きる事が「愛」をベースにした人生です。

人間以外の他の生き物のように、地球に真っすぐに立って生きる事が、愛の生き方なんですが、もうその時点で「愛」など消えて無くなっているのに気がつきます。

そこで「愛」は役目を終えます。
愛は不安を産んでしまうからです。

宇宙に在るのはただひとつ「在る」だけですからね。

この事をあなたは知って生まれて来たのを思い出しましたか?

その通り、「愛」も「不安」も成長と共に大きくなっていったんでしたね。

おおきな輪が完成しましたね。

おめでとうございます。
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このところ、海がおかしな事になっている。

太陽がすぐそこに居るように、海がそこだけ白く光っている。

ほんの数キロ上空に太陽があるじゃないかと錯覚するくらいに

スポットライトを浴びたように海が光っていて

なんとも不思議な光景になっている。

振り帰ると、山には雪が降っていて、その横に虹がかかる。

いろんな景色を見て来たが、いろんな常識が壊れて行った、この島に来てから。

それは自然ばかりでは無く、心が持っていた常識にも同じ事が言える。

でも、崩れてみて思うのは、まだまだ全然余裕があるじゃない、ってこと。

崩れて壊れたその先は、漏斗を逆さにしたように広がっていて

今まで以上の広大な世界が広がっている。

見たこともない世界が   広がっている。



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