<   2013年 05月 ( 25 )   > この月の画像一覧




f0179615_10101848.jpg

5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


5 elementsの個展を記念して新しいカードを作りました。
個展会場で販売いたします。

価格は6枚1セットで¥1000です。

会場に来られない方でご希望の方は maaru23☆joy.ocn.ne.jp(☆を@に変えて)までメールを下さい。

セット数×¥1000+送料¥100となります。
*何セットでも送料は¥100です。

折り返し振込先と配送日時をお知らせします。

なかなかシャープな仕上がりでグレードあります!

*100セットのみの販売になります。
売り切れの際はご了承下さい。



マシマタケシのホームページ
[PR]




f0179615_6535784.jpg





昨日各エレメントの回の作品を選んで梱包しました。
それぞれ特徴があり、毎回違う空間になろうかと思います。
各回10枚ほどの作品を掛けます。

毎回作品を入れ替えるという試みはとても面白いのですが、毎回来られる方も少ないので、もし展示作品以外に「あれが見たい」という絵がありましたら遠慮なく申し付けて下さい。

今週の土曜日から開幕です。
各回の展示作品やLIVEの様子は随時ご紹介して行きます。

よろしくお願いいたします。

くわしくはコチラをクリックして下さい。
5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]



f0179615_933296.jpg

overlap(作品の一部)




f0179615_9335047.jpg

錦龍三部作


『錦龍三部作』を描き終え、5 elementsの事前の製作が終わりました。
後は期間中に湧いて来た作品を描いてフレッシュなままギャラリーに掛けます。

いままで、これほど「力を出し切った感」はありませんでした。
ぜひお足を運んでゆっくり観賞していただければ幸いです。

基本的に新作+これまでの優秀作を取り混ぜて展示します。
毎回のエレメンツもそれぞれ機転を生かしてセレクトして行こうと思っています。

これから編集作業に入って全体を掴んで行こうと思っとります!

5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]





f0179615_8214462.jpg

shambhala(作品の一部)






5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]



f0179615_1195536.jpg




f0179615_11101544.jpg





期が熟した。というのか先日「屋久島での日々をまだ消化出来ない」と言ったけど、それを口にしてから少しずつではあるけど「屋久島」のあの時間が目の前に戻って来たようだ。

こんな個人的な事を公開するのは少し気が引けますが、同じ様な体験をした人や、これからそういう事に巻き込まれて行く人にとっては少しは役に立つかも知れないと思い、書く事にします。

少し長くなりそうなので、興味のある方以外はスルーしていただきたい。

屋久島に引っ越してから二週間位経ったある日、ひとりで近くの海岸で海を見ていた。
ふと右手にあるハマエンドウというありふれた海岸に茂る草花に目が行き、吸い寄せられる様に歩いて行く。

足下にあるそれを見た時に「この花は自分だ」と気づき殴られた様な衝撃を受けた。
その時に全て(本当に全て)は崩壊して、この世界が「つくりもの」にしか見えなくなる。

それから三ヶ月位は気が狂っていたとしか思えない位に朝から晩まで遊び回っていたように思う。
目にするもの全てが(人も何もかも)精巧に作られた「反映物」にしか見えなくなってしまっていた。
車を運転しても自分が進んでいるんでは無く「向こうが近寄って来る」ように思えた、まるでゲームセンターのレーシングマシーンのように。

日常にリアリティは無くなり、精神が持つ自由度をフルに活用したような感覚が身に付いて来る。

それがグルンとひっくり返ったのが2009年7月22日の皆既日蝕だった。
あいにく曇っていたから太陽の姿はのぞめなかったが、それが逆に「皆既日蝕」の恐ろしさというか霊的な側面をメインにしてくれたと思う。

山の斜面で迎えた皆既日蝕は猿や鳥を怯えさせ、急に冷たい風が山を駆け下り、この世の終わりを目撃しているような気持ちにさせた。

その時に腹の下から声がした「もうアソビは終わりだ」。。

ボクは屋久島に住んでからずっと描かなかった絵を描く様になった。
それまでは描かないというよりも「こんなもの凄いものは描けない」と感じていたのだ。
でもそれからは何とか描きたい、と思う様になり、毎日描いてはblogに上げる様になる。

そして大きな変化として、人に会いたく無くなった。
それまでは毎日誰かと一日中遊んでいたが、それ以降人に会わない様にした。

それはあまり上手に説明出来ないのだが、いつも何かに見られていて、いつも耳元で話しかけられているような状態がずっと続いていて、誰かと居るとそれが聞こえなくなったり見えなくなったりするからだった。

屋久島の友達たちはボクが急につきあいが悪くなったのをどう感じていたのか?
でもそれも気にならなかった。

「ひとり」で居なければそれを感じられなかったし、ささやく声を聞き逃したりしたからだ。

でもそれはよく聞く霊媒的なものとは違う様に思う。その声も視線も何かを教えてくれたりアドバイスをするような「人間的」なものでは無かったからだ。
もっと大きな、例えるならば海の中の魚にとっての「海水」のような圧倒的なものだ。

どんどん「人間関係」から遠のき、どんどん「生命感覚」に傾向していった。
ひとりで過ごす時間が永遠に続いても苦にならないと思っていた。

そういう最中、半年ぶり位に島の外に行く機会が出来た。
ボクの興味は「屋久島を離れてもこの声や目はあるのか?」だった。

結果、まるで問題ない事を感じた。どこへ行ってもだ。
どこに居ても「ひとり」に成りさえすれば、ボクはそこに触れているのが分かった。
それは今でもずっとそうです。

そう言う事でボクは屋久島を離れたんだけど、あれから二年少し経って、それまではもう屋久島に行く事は無いだろうと思っていたにも関わらず、帰ってみたい気持ちになった。

この話の続きは屋久島に行った後に。

5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]





f0179615_14145739.jpg

birth(作品の一部)





5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]




f0179615_1071864.jpg

みろく(作品の一部)


福井の助産所で「胎盤」を見てからと言うもの、ずっと頭を離れません。
お産の後にはもう用済みになった臓器として廃棄されたり(人によっては食べたりするらしいですが)お腹から出た後は文字通り「屍」なのでそれに付いてはあれこれ考察しないようです。
医学的身体学的な興味もありますが、それよりも「スピリット」として「胎盤」は何の反映なのか?がボクの興味です。

個人的にはかなりクッキリとしたイメージが上ったんだけど、それは余りにも常識外でありいろいろな皆さんを刺激してしまうようで中々言葉に出来ません。
あまり迷惑もかけたくないし。
簡単にさしさわり無く言えば胎盤は「神そのもの」でした。

もしおれが女であれば今からイケメンを誘惑して妊娠したいところですがそれも叶いません。
それほどまでに「自分の実感として胎盤を確かめたい」のであります。
見るのはこれからも機会がありそうですが「産む」のだけは無理そうです。

「アマノイワトアケ」の神話ってまさしく全てのお産(ムスビ)の事なのだと思います。


5 elementsは「胎盤体験後」の作品をメインにご覧いただきます。
5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]





f0179615_99327.jpg

venus(作品の一部)


製作の後半に入り、自分の引き出しの中から「シンプルでつよいもの」が現れ出しました。
短時間で勢い強く描きますが、だからこそより繊細で丁寧な気持ちが表れるのを感じます。
こういう現象を客観的に見て、実は「絵を描いている時間だけが絵を描いている訳じゃない」と思います。
日頃の過ごし方や思い方がそのまま絵に成るのです。
これは絵に限らず全てに当てはまりますが。




5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


マシマタケシのホームページ
[PR]




f0179615_174674.jpg




このところ長く考えて居るのは「損と得」とは何なのか?という事です。
それをここで書くにはあまりにも長くなり過ぎるので書きませんが、たぶんこの「損得」はそのまま「死と生」に当てはめられていて、それがこの世界のあらゆる国や文化や人種や宗教観を貫く「同じ価値観」で構成されているような気がするのです。

たとえば古代マヤでは、現代で言う様なサッカーみたいな球技があり、その全国大会(ワールドカップ)に勝ち残った2チームが決勝をマヤの中央スタジアムで行います。

素晴らしい一進一退も攻防の末どちらかのチームが優勝を果たします。
観客の大歓声のを浴びて優勝チームのキャプテンが表彰台に登ります。
そして彼は観客の前で首を跳ねられるのです。

ボクはこの話を聞いた時にもの凄いガツンとした衝撃を覚えました。
私たちとは「損得」がまるで逆ではないですか。

たぶん自分が想像するのは、それほどの素晴らしいチームを率いたキャプテンは「神(とりあえずこう言います)のレベルに達した」ので、その栄光を宇宙に融合させるために「死の世界にお返しする」のでは無いかと。
彼らにとって「死」は「損」では無かったのでは無いでしょうか?

推測ですからそれはボクには分かりません。
ただそれは本当にあった事の様なのです。

ただ目の前にある河原を少し注意深く見るだけで、そこに繰り広げられている物語は人間の「損得」には当てはまらない事も数多くあります。
ほとんどの生き物や植物は「ただ在る」だけなのです。

ボクはいつから人間に「損得」が生じたのか知りたくなりました。
そしてそれは自分にとって「絵」を見つめる事でもあるのです。

「いつから」というのは、長い人類の歴史もそうなんですが、個人に置いてもです。

もしかしたら「人類」という大きな単位と「個人の人生」というものは「同じもの」なのじゃないかと思っていながら絵を描いているのです。




5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


メモリアート


マシマタケシのホームページ


ぽめろん
[PR]





f0179615_1339172.jpg

lotus(作品の一部)






5 elements マシマタケシ個展 6月毎週土日OPEN Galeria Anonima 荻窪


メモリアート


マシマタケシのホームページ


ぽめろん
[PR]