人気ブログランキング |

わたくしといふ現象は

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといっしょに
せわしくせわしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

宮澤賢治の「春と修羅」の序に書かれた文章です。

私はこれにたしか中学一年生のあたりで出会い、理解出来ないまでも底知れぬ真理の香りを嗅ぎ
宮澤賢治や彼の作品群に大きく引き寄せられた記憶のものです。
「銀河鉄道の夜」などは、まさしく上の序を証明する為に書かれたような物語だと思うし
法華経を基盤にしたオリジナルの哲学とも言える賢治の宇宙観を分かりやすく(?)導くのに相応しい魅力溢れる「詩」であると思っています。

屋久島に来てから、私はここに描かれた宇宙観をそのままズバリ体感しているような時間を過ごしていますが、これは「自然=わたし」という関係がとても簡単に実感出来る環境に居ると言う事でもあるのだと思います。
ここで言う「わたし」というのは、私の外見や生い立ちや経験や名前の「わたし」というものとは違い、人間とかヒトとか、そういうククリで言う私であり、ならば「わたしたち」と呼べばなお分かりやすくはなるのですが、あえて「わたし」と言う所に、人間という存在を支えているもっと大きな存在を読むものであります。
それはけっしてオカルト的な世界観や宗教的な概念を示唆するのではなく、むしろ文学的な、さらに言えば科学的な認識力を研ぎすました先に見えてくるものであると感じています。
賢治が一生をかけて追究したものは、今風に言えば「ワンネス」と言えると思いますが、今風に言うワンネスが「みんないっしょだよ」みたいな表面的には平和で幸福を伴った次世界をイメージさせるのに比べ、むしろ現状の世界の不公平や吉凶をも肯定したステージから俯瞰して観る、表面にあらわれているものでの認識とは違う、ものごとの真髄をうたったものです。
こういう見方をすると、今の世界が末世的な状況なのは分かりますが、それにたいして新しい価値観を指し示していると宣言しているようなスピ系やニューエージやUFOやチャネリングや、そういったものもほとんど全て、今なお古い価値観の中でうごめいているように見えてしまいます。
世界の不公平や吉凶の奥にある「共通」の「わたし」を見つけ出さなければ、短い一生もはかなく過ぎてしまうのでは無いかと自分に問いかけております。
屋久島は自然が超美しく超危険で、とにかく『超えている』のが当たり前の日常であり、極端な振れ幅にグアングアンやられながら、一日一日とぽつぽつ歩いていけるようです。
そしてここにいると頭の中の考えとかでは無く、現実の自然の動きが全て優先されるような持っていかれ方になってしまうので、今はただここに居れる幸運に感謝し、めいっぱい自然や宇宙を感じ、
毎朝「今日はどんな楽しい事があるのか!」とわくわくして目を覚まし、玄米ご飯を食べています。
雨ニモマケズ 風ニモマケズ
by prema-maaru | 2009-05-04 12:00