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人間らしい

平内の岳参りに参加してきました。

岳参りとは、屋久島に古くから残る行事で、ここ平内では旧暦の9月10日にその年の有志で参拝している。
地元の守り岳に海の水と農作物を捧げ、山から海に下る水の有り難さを讃え、おおいなる循環に感謝を捧げる一年に一回のならわしなのだ。
棒踊りに参加させていただいた縁で、今年は私も参加を誘っていただいた。

前日にガイドの友だちが「あの山は日帰り出来る屋久島の山の中で一番ハードだよ、下りは膝を痛めやすいから充分注意したほうが良いよ」とアドバイスしてくれていたおかげで、私の気持ちのキャパが広がっていたのか、行程をずっと楽しんでいる事が出来た。

それでも山の最初と頂上直前に最大の難所があり、途中も急な斜面を這いつくばって登るような難山。
下りは落ち葉で足を取られてほとんどの参加者がしりもちを突いた。

無事山頂にたどり着き、祠に平内集落の平安を祈願して任務終了。

山頂から拝む景色は格別で、おにぎりをほおばりながら屋久島の南景の雄大さを瞼に刻んだ。

登山では無く「参拝」なので、つかの間、すぐに苦労して登った斜面を下る。

ハサ岳はほとんど人の入らない山で、「原生の森」が色濃く残る。
低木の向こうに、樹齢1000年を超える巨木が姿を見せる。
その存在感は信心深くない人でも頭を垂れたるなるような荘厳さだった。

街に居ると「人間らしい」は誉言葉になるが、原生の森の中での「人間らしい」は逆の意味になる。
下り道で「何か人の気配が残ってるな」と感じたのは、何の事は無い、自分たちの通った足あとだった。
たったそれだけの事で、森の気配が変わってしまう。

森の恵みに感謝するという事は、その森に簡単には入らないという事も在るのだと感じる。

屋久島の山々は古くからそういった敬虔深さに守られて来たのだという。
人間の住む場所と、深い森の世界を分けていた。

最近は森の住人の鹿や猿たちも里に下りてくるようになったのは、人間が森に入るようになったからかも知れない。

それぞれの境界を守る壁を崩したのは、人間の方だ。
それをまた元の姿に戻せるのも人間の知恵だ。

この荘厳さが幾世代にも受け継がれる事を願ってやまない。

そういう岳がまだ残るこの場所に深い感謝が湧いて来る。
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by prema-maaru | 2009-10-28 07:48 | Comments(0)