座る

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ヴィッパサナー瞑想に参加したのは「瞑想を習いたい」という理由のみだった。

それがどんな瞑想でも構わなかった。

しかし、いろいろな瞑想を調べて行く内に、このヴィッパッサナー瞑想が、ただ精神的な安定を求めるようなものでは無く、「悟り」を目指したものであることが理解出来た。

2500年前に釈迦が覚醒した時に、この瞑想で行き着いたとの説明があった。

その後、沢山の人を覚醒に導いたという。

10日間の日程の中で、最初は自分の呼吸を意識する事から始まる。

それがしっかりと掴めてから、本題のヴィッパッサナー瞑想に参入する。

ヴィッパッサナーとは「観察する」という意味の言葉だ。

最初はなかなか自由にならない「意識」の操縦も、次第に慣れてくると沢山の気づきをもたらせてくれた。

観察して、判断しない。

その精神的位置が、私たちの心身を影で支えてくれている潜在意識に働きかけ、自意識の限界を軽く超えていくのがアリアリと感じられる。

いわゆる「自我を超える」のを体感出来ると、自分という存在がもっと大きく、深く、広大であるのが簡単に分かって来る。

これは素晴らしい「覚醒システム」だった。

これは皆に教えなければ!!と思うが。

瞑想の繊細な導入をしっかり学ぶ為には、最低でも10日間のコースに参加しなければならないだろう。

本を読みながら自宅で、、みたいにインスタントには決して行かない。

そういった意味で、狭き門なのかも知れないが、これを読んで興味が湧いた方は、是非調べていただきたいと思う。

そういうささやきの声に正直に反応する事が、覚醒への第一歩だと思うから。

真面目に自由になりたい方々には、おすすめです。
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by prema-maaru | 2009-12-02 03:24 | Comments(0)