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友達から、とてもうれしい電話がありました。
「マシマさん、なんか最近おかしくない?」
ボク「なにがおかしいの?」
「いや、なんか空気と言うか、自然界がものすごく盛り上がってない?」
それを聞いて、はは~んと分かりました。
彼女は最近、いわゆるワンネス体験をしたんです。
実はそういった「別次元」を一瞥(いちべつ)する人はけっこう多いのを、ボクはこの一年の人との出会いで知っていました。
ただ、ほとんどの人は、しばらくすると以前の世間的な感覚に戻ってしまったり、
その体験自体に固執して、自分が特別な人間だと勘違いしてしまっていました。
霊能者的なふるまいをする人もいます。
ただこれは当たり前な「生命」の再発見でしか無く、誰しも子供の頃は日常だった感覚なのに。
彼女は、ずっと森の散歩を習慣にしていました。
そこで会う樹や花や虫達を、心で観るようにを楽しんでいました。
先日名古屋に帰った時も、彼女がいつも行く川沿いの林を案内してもらいましたが、
そこはもうその人の心の中と言うか、一歩踏み入れただけで別次元に変わっているようでした。
彼女はボクが言っている「ぽめろん(生命)を観る」という事を、楽しんで続けていたのです。
ボクから言わせていただければ、それ(生命を観る)がこのワンネス体験を、一過性のものでは無くしたのです。
その習慣が、その人の日常に重なる「瞑想」のようなものだからです。
瞑想は座っている時間では無く、日常の全ての時に当てはまるからこそ、瞑想だと思います。
同じく、祈りも、手を合わせている時だけでは無く、日常の全てが祈りだからこそ祈りだと思います。
彼女はそれを楽しんで実践していたから、生命の本流に入ったのです。
彼女は「この世界が一気にアセンションしたんじゃないか?」と言っていました。
それは、ボクが屋久島に行って直ぐに同じようなものに遭遇し、三ヶ月程気が狂った様に沸き立っていたのとダブリます。
ボクはそれを個人的な覚醒では無く、世界の覚醒だと思い込んでいたのです。
それが今彼女の身の上に起きていたのです(笑)
ちょっとだけ先輩として忠告すれば(笑)いずれこの「高揚感」は鎮まって、次に自分の暗部が浮いて来て苦しみますが
それでも「それも当たり前だよな、しかたないよね」って思ってれば、ただ観察していればイイよ!って。
正直にそれを表し、ドス黒い自分をさらけ出したら、けっこうスッキリするもんです。
大きな流れに身を任せて、後はひたすら生命を観るという事を楽しんでいたら
本流から少しも外れていない事が分かるから、安心してればいいのです。
彼女は「生命を観る」という事をずっと続けていたから、この一瞥を自分に重ねられたんだと思います。
日常は反転し、生命が隅々まで満ち満ちているようでした。
でも、本当に最近は自然力がパワーアップしてると思いません?
樹を見ても草を見ても、苺を食べても野菜を食べても、何か少し前よりも
生命力が増した様に感じていませんか?
これは気のせいじゃ無いとボクは感じています。
たしかに、生命力は、私たちに聞こえる声で、分かる言葉で、
大きな声で話しかけ出しているのです。
本当にたいせつなものはネ、目には見えないんだよ。
心で探さないとネ!
サン=テグジュペリ(星の王子さま)
by prema-maaru
| 2011-04-18 20:21
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Comments(5)
サワディ〜カ〜
>心で探さないとネ!
わかってはいても・・・、って時もある。
>心で探さないとネ!
わかってはいても・・・、って時もある。
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サワディ〜カッ
生命力がマシマシですね。


