印



ボクはあまのじゃくなので取りあえず「分かりやすいもの」は迂回する事にしています。
例えばファストフードやユニクロみたいなもので「分かりやすいもの」はコスパ(コストパフォーマンス)が反映しているような気がするんだよな。
別にそれが悪いって言う訳じゃないけど。
世間はメディアも何もかも「分かりやすく伝える」という優しい言い方の影で、それを受け取る人が「考えない様に」しむけているんじゃないでしょうか?
この場合の「考える」は「考えるな感じろ」の意味じゃ無くてね。
「感じる」は考え尽くした先にあるものだから。
ボクが子どもの頃に比べても、世間はどんどん「考えない」を選ぶようになっている気がします。
簡単に操作に乗っているような「洗脳」に簡単に染まってしまうような。
「分かりにくいもの」を考えるとき、それは発信側の手を離れて考える人の直感や発見に繋がって行くのだと思います。
既に発見されていたものでも、それを自分が発見したら自分のオリジナルになると思うのです。
そういう事を考えながら「分かりやすいもの」の裏にある不気味なものに警戒しつつ、日々新鮮なものを発見して行く事がARTなんだと思っています。



「いのちを描くWS 2/9」
メモリアート
マシマタケシのホームページ
by prema-maaru
| 2013-01-18 10:01
|
Comments(0)


