友の帰還




いままでずっと根本的な勘違いをして来た事に気がついた。
この世界は人間が頂点にあり、その他の動植物や鉱物や海や空や山や湖や川は、人間の背景にあるものだと思って来た。
ところが急に逆に見えた。
それら背景だと思って来たものたちはは「神の現れ」なのだと。
もちろん人間もその神の現れである事には変わりないが、私たちは随分長い間それを忘れていた。
だから人間は神で在る事が出来ないでいた。
それでも神聖さを持ちたいが故に「信仰」を考え出した。
神仏をこしらえてこの世界の他に別の世界があると想像した。
神仏を拝み観れる人間こそが神仏に一番近いと自らに言い聞かせて来た。
あらゆる道具や知恵や想像を操れる人間がこの世界の最高の表現だと信じて来た。
でもそれは恥ずかしいほどに的外れな間違いだった。
その地点にようやくたどり着いた。
そこで振り返り、自分たちの背後にある大自然の神聖さにようやく気づいた。
大自然は荒らされ汚され掘り起こされ、もはや原型を留めて居なかった。
それでも大自然は待っていた、友が家に帰る事を。
これまで人間はそれを神聖だと思わずに食べ、捨て、汚し、所有して来た。
これからもその行為自体は変わらないのかも知れないが、もし何か変化があるとすれば、
人間がそれらを自分たちと同じ様に神の現れだと思う事だ。
その小さな心の変化がどれだけの仲間達の心を喜ばせるのだろう。
忍耐強い友は、鹿、牛、猿、熊、鳥、魚、蛇、蜘蛛、そして無数の生命たち。
多くの生き物の中に神を見出した時に人間の作った神は死に。
お互いが大自然の仲間である世界が又始まる。
いまからでも遅くは無い。
だって神たちはずっと待って居てくれたのだから。
メモリアート
マシマタケシのホームページ
ぽめろん
by prema-maaru
| 2013-02-12 11:40
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Comments(2)
ずっと前から気付いていた人もいたけど、ほとんどの人間が
人間より勝る生き物はいないと思っている。これだけ支えられて生きていたのにもかかわらず、自然を破壊し、動物達を乱獲し、食べたいだけ食べ、そこまでしてようやく気付き始める。まだ気付かぬ人もいる。いろんな思いの人がいる。
けれども、やっぱり人々の意識は確実に変わってきているのを感じる。自分も今になってようやく正直に生きる事の大切さと
難しさを痛感している。
人間より勝る生き物はいないと思っている。これだけ支えられて生きていたのにもかかわらず、自然を破壊し、動物達を乱獲し、食べたいだけ食べ、そこまでしてようやく気付き始める。まだ気付かぬ人もいる。いろんな思いの人がいる。
けれども、やっぱり人々の意識は確実に変わってきているのを感じる。自分も今になってようやく正直に生きる事の大切さと
難しさを痛感している。
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