向日葵

himawari 精霊ノ森 作品より
「住居の作り方に例えると、西洋は設計図を作って全体を把握してから作り始めるのだが、日本は床の間から、というより床の間に使う取手の金具を作ることから始め、必要に応じて増築していく、という作り方をしているのだそうです。」
鈴木敏夫「ジブリ汗まみれ」より。。。
ボクもこのところこれと似た絵の描き方をしていて、最初に完成図が浮かんだら、その絵の印象的な「部分」をまず描き(全体図は忘れて)そこから次々と浮かんで来る線(点)を繋げて行く方法を好んでしております。
そうすると最初にイメージに上がった構図はすっかり消えて無くなり、自分でも観た事も無い発想した事も無い絵がどんどん現れて来ます。
何者がオペレーションしているかと言えばマシマ風に言えば「精霊」であり、その絵はボクというよりもボクの奥底に居る「精霊が描いた絵」になるのです。
自分の身体に潜んでいる「日本的なもの」強いて言えば「日本語」がそのオペレーションを担っているように思います。
つまり日本語はそのまま「精霊語」であると。
「精霊とは何か」と問われればそれは「ヤオヨロズノカミ」となるでしょう。
西洋や他のアジア諸国には理解し難い「中心の無い」であり「ムスビ」であり「マ」です。
いま世の中にはこの「精霊的」な諸現象が起こっているとボクは観ていて、政治も経済も芸術も知らない間に変わっていると感じています。
行き着いて何も手だてが出来なかったと思うや否や、最後に「精霊」の出番が廻って来たのだと思います。
対話して和を尊ぶのも結構ですが「まずやる」という極道的な決意が突破口を切り開いて行く様に思います。
そこで初めて「考えるな!やれ!」が生きるのです。
精霊ノ森
7/22~28 安曇野 オーガニックレストラン&カフェ シャロム
7/24~31 松本 ナチュラルベーグル カフェuta
マシマタケシのホームページ
by prema-maaru
| 2013-07-11 11:09
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Comments(1)
なんて素敵なコメント!見忘れてた!^^;内なるものが表現されてこそ、伝わるものがある。私はおしゃべりで、自分が話しているのに次々と言葉が出てきて、誰が話している言葉だろうと思うことがあります。聴く人はとても深く肯いてくれます。(責任持たないよ^-^;)
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