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冬至より

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ちょうど去年の冬至くらいに、年明けのアグレアブル・ミュゼでの「tobirae展」の制作が終わりかけた辺りにその衝動は起こった。
初めの頃はその衝動が何を意味するのか分からなかったが、次第にこれは「大きな転換」の前触れだと言う事が分かって来た。

2011/3/11を期に、それまでと絵の取り組みが大きく変わったが、その取り組みの一応の成果が自分にも感じられた時期だった。
成果を得ればますますどん欲になるもので、一枚一枚の絵に「どれだけの生命力を込められるか」がテーマになっていった。
それまで数年の「個展を決めて制作を組み立てる」やり方から「絵が集まったら個展を開催する」に変化していくのだろうなと思った。

その一枚の絵にどれだけの生命力を込められるのか?
それだけは一歩も譲らないで、自分にだけは嘘を付かないと決めた。

落ち着いて制作出来る環境への引っ越しを考えだした。
生活のリズムから離れて、絵だけに没頭出来る環境とアトリエを探し始めた。
「TOTEM」の制作開始と同時に全国津々浦々を歩き回り、その場を探した。
いままで多く家移りした経験から、新拠点は自分が見つけるのと同時に、その場に「見つけられる」のだ。
両方が引き合ったら、移転にまつわる諸々の問題は問題じゃ無くなる。
何もかもスムーズに流れ、人にも土地にも歓迎されて始まる。

それをこの一年ずっと探していた。
自分の中に起こるかすかな気配と、その場所が持つ磁場を感じようとつとめた。
何カ所かの候補が絞られたので、先週はそれだけを感じる旅をして来た。
岡山を案内してもらい、その後に奈良に寄る、奈良ではちょうど寒波に襲われ、私は友人と家の中に籠ってずっと話をしていた。
奈良に行っていわゆる観光をしなかったのは初めての事だった。

友人との話の中で、ある言葉が私の心臓を貫いた。
「神にとっては『この世』が『黄泉の国』なんですよね」

意味はずっと知っていた、というよりも、そうだと思っていた。
しかし言葉とは不思議な働きをするもので、それを自らが反芻するのと「だれか」の口から聞くのではまるで違う。
私はこの一年、転換の衝動の因を探してうろつき回っていたが、実はもう「転換していた」事をさとった。

何も変えなくても「もう既に変わっていた」のだ。
その瞬間、自分の引っ越し先を探す事を止めた。
自分はもう「引っ越して」いたのだ。
目に映る景色が何もかも変わってしまった。

2011年2月後半に屋久島から府中に移り、その直後にあの震災が起きた。
あの時期の東京を体験出来た事は自分にとってとても大きな贈り物だったと思う。
遠い場所で情報だけたぐり寄せているのと、実際に生命の際を感じて暮らすのではまるで違う。
その「絵」が今の自分の「絵」を育ててくれた。

この先の事は分からないが、今どこかに家移りする必要は全く消えた。
今まで通りこの部屋で多摩川を見ながら絵を描く事を当分続けようと思います。
この一年、本当に沢山の方々と出会い、影響を受け、優しさに触れた。

まるで聖書の「放蕩息子」の逸話のようにぐるっと一周廻って元の位置に戻ったが、その放蕩息子がそうだったように、私にも沢山の景色と色合いがより深く感じられる。
本当に引っ越しをするより、私はそこに帰られて本当に良かったと思う。
ここで絵を描いて行きます。

2014年 冬至より



TOTEMの全容

壬生マシマタケシ美術館

マシマタケシのホームページ









by prema-maaru | 2014-12-22 09:23 | Comments(0)