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sairai


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満点の星空や山や森や、波や滝を何時間でも観ていられるのは、そこに「生命情報」が多いからだと思います。
見れば見る程細かい作りが見えて来て、その発見に次ぐ発見が目を心をとらえ、魂に接触するのです。

反対に都会の街や電車の中が味気ないのは、無機質な情報は過多なんだけど、そこに生命情報がわずかしか見つからないからだと思います。
だから街に住む人は、たまに自然豊かな場所に行かないと生命力が枯渇してしまいます。

ただ都会が一様に「悪」だというとそうでも無くて、むしろ少ない生命情報を拾い上げる、見いだす環境として、かなりの実践の場だと思います。
街路樹やスズメやカラスやハトというどこにでも居る鳥達、ネコやイヌの中に、アスファルトの隙間に生えている草が付けた小さな花、そして一番は「人」。
そういう生命力を感じられるようになると、どこに居ようが同じになって来るのです。

ボクが屋久島に住み出した頃は、溢れかえった生命力をどうやって情報処理しようかと追い立てられるような気持ちでしたが、半年程して福岡に行く機会があった時に、アスファルトやコンクリートで固められた街の中に「程よい生命力」がある事を再発見し、ちょっとホッとしたのを覚えています。
多すぎるのも感覚を麻痺させてしまうんだと、そういう経験を通して感じたのでした。
無い場所にそれを観る。という能力(?)が、世界を緑に変えて行くと言うのもあるのでは無いかと思いました。

でも一番の生命情報は「じぶん」の中に一番身近にあるのであり、今飲み込んだ水が口の中から食道を流れ胃に入り吸収され、血管を巡るのを耳を澄ませて感じるだけで、ちょっとしたストレスも軽くなるような気がします。









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by prema-maaru | 2015-05-29 09:18