祝水に寄せて
blogを放置気味なんですが、せっかくあるのに勿体ないな。と思います(笑
FaceBookには良く書いているんですが、それ以外のエッセイ的な事やこちらのblogにしか書かない事等、読み物としても楽しんでいただこうと思います。
出来るだけFBとはリンクせず、それぞれ独自路線で行きたいと思っております。
日々のつらなりをしるしていきたいと思います。
昨日はサントリーホールで開催された「祝水」に出かけて来ました。
その舞台を作った柳元美花さんへのお手紙です。
美花さん。
昨日はこころからありがとうございました。
以前ウチに来た山本コヲジ君が「美花さん。いろいろ皆良いんですけど、美花さんだけ良さが何か違うんですよ」と言っていた一言で昨日は伺いました。
おそらく観音舞の舞台で感じた事を話してくれたのだと思います。
ボクは極端な早寝早起きで昨日の終了時間位は寝床にいる時間です。
ましてや夜の六本木なんて恐ろしい(笑)
でも結局「祝水」も「六本木」もどちらも本当に行って良かったです。
舞台が始まってコヲジ君の言う「違い」は直ぐに分かりました。
芸を求道する者は大抵大きな間違いを犯します。
つまり芸を追求して演じてしまうんですね。
それに寄って自分が芸の外側に添い追従する位置から一歩も中に入れません。
才能があっても外見が整っていても、それが無いと何かしっくりいかないものです。
しかしほとんどの芸道者は、頭で分かっていてもそれが出来ません。
つまり芸を演じるのでは無く「芸そのもの」に成る事だと思います。
出来る者と出来ない者の差が何なのかは一言で言えないと思います。
ただいにしえよりひとかどの芸道を表した者は同じ事を口にし、それしか無いと口がすっぱくなるほど言って来ました。
そのものであれ、と。
美花さんは踊りそのものであったし、そのあり方が「祝水」の他の方々を押し上げていたのも分かりました。
そして実はたった一人でも居れば良いのだと思いました。
美花さんが最後にマイクを持ちお話しされた「祝水とは何かとずっと考えて来ました。それは『私の水』だと気づきました」という内容を話されていましたよね。
その言葉が出て来た時に、ボクは本当にあの場に居て良かったと思いました。
そしてボクも絵そのものに成れるように頑張ろうと心から思いました。
こればかりは一度体験しても、何度も何度も新鮮な気持ちで向かわないと直ぐに腐ってしまう生ものですから(笑)
とても良い夜でした。
心からありがとうございます。
いつの日か又踊りに触れたいと思いますし、美花さんともお会いしたいと思いました。
長々とすみません。
書き足りない事もありますが、今回はこれにて。
ありがとうございます。


