真顔絵
真顔絵
目を閉じて見えるのは、目を開いている時には見えない「じぶん」です。
その「じぶん」は目を開いている時には小さなささやき声でしか話しませんが、目を閉じると大きなハッキリした声であなたに話しかけます。
あなたがそのあたなと会話している顔を映しとるのが「真顔絵」です。
目を閉じると世界の輪郭も消えます。
耳が研ぎすまされ、香りにも敏感になります。
産まれて来た時の顔 寝ている時の顔 ほとけ顔。
この「真顔絵」の船出に、舞道家の柳元美花さんにイメージガールになっていただきました。
美花さんの舞の表現力の最大の秘密は「顔」にあると以前から感じていて、どうしてもお願いしたかったのです。
そして写真はひびき演奏家の山本コヲジ君にお願いしました。
以前ボクの作品を撮影してもらった事がありますが、その際の丁寧な心使いに大きな信頼感を感じました。
船出はこの二人にお願いしました。
茶道のお点前のように考えておりますので、描いている所作や過程を味わっていただく事がクライマックスになります。
あまり体験した事が無い独特の時間が流れますのでお楽しみ下さい。
今後方々で「真顔絵のお手前」を開催して行きます。
又、自宅アトリエでもご連絡いただけたら時間を設けます。
どうぞ宜しくお願いいたします。



【マシマ氏 絵のお点前を受けて】
緊迫の静けさの中に
海のような豊かさや
森のようなざわめきがあって
やがて目線を上げると現れた
境を観つめていた。
これは、
マシマさんに絵を描いていただいている間
私が目を閉じて感じていた景色
あれだけのことを、言葉に変えてしまうのも不粋なのかもしれない、けれど、大切に紡いでここに記したいとも思った。
ひとりでは、観ることのできない奥行きを
「直視(みつ)められる」ことで触れた感触
それはきっと、イコールマシマさんの目線の奥行きでもある。
合図を頂いて瞼を開けたその先に見えた絵は
「あ、わたしだ」
そう素直に感じた。
絵を描いて貰うと聞くと、出来上がりの絵が主役のように感じるけれど、
絵自体は、まるで体験の残り香のようなもので
主体は、「顔を写しとる」そのひとときの所作に、間にある。
ほんの数分だったらしいけれど、
完全に、時もワレの境界線もほとけてゆく、ひと間でした。
ほとけてゆく、というか、ほとかれてゆくというか。
わたしは感覚の質感を丁寧になぞることをライフワークにしているため
お点前を受けている間も、主観と客観との二点で観つめていたけれど、
終わった直後は、覚えてるいるものの、時が経つと軽やかにその記憶はほとけてしまう。
ことばに残せたものは、ほんのひとかけら。
ただ絵だけが、確かな線とカタを持ってしてそこに在る。
ああ、なんてことだ。
すごいことがはじまったんだな。
こゆことに出逢うと
音が聴こえる。
それは言挙げせず、大切に胸にしまっておきます。
線
無駄の無い、線
その余白に、満ちる音。
今、このタイミングにお点前をお受けできたこと、ほんとうに感謝です。
マシマさん、ありがとうございました。
コヲジさん、ありがとうございました。









