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B2size 515x728mm



先日能楽堂の舞台効果として、松の絵の緑がハレーションを起こし、補色の朱色が浮かび上がった話をした。

昨日はその舞台の役者さんと逢ったので、舞台が始まってから急に睡魔が襲って来て困った事を告げた。

彼も「あぁそうなんですよね、眠く成るんです」と言っていたし、同じ舞台を観ていた友人も同じ経験を話していた。

これらは全て「計算されている」ものかも知れない。

もしそうならばこの「能舞台」という装置は、人の精神に及ぼす効果も考えてこの様式で造っているのではないか?

山深い場所にある寺社などでも同じ様な精神効果を感じるし、そういえばそういう建造物はけっこうある事を思い出す。

宗教的施設や芸術を見せる場所等は大体そう感じるし、巨大な塔やビル、政治的中心地、皇居は誰もが「異次元」だと口を揃える。


仏像も蓮の台座に乗っていないものを「台無し」と言う。

それは、どっちが本当の主役なのか?を考える際にヒントになる。

私達は人物やものを対象にする傾向がある一方、それを取り巻く環境に同じ位影響を受けている。

たぶん古代からその知識はあって、ピラミッドの建造者はそっちの方を主役に見ていたのだろう。

ファラオ(王)は代々継承されて人物が変わるが、ピラミッドが無いエジプトをイメージしても、それはエジプトでは無い。


この絵は数日前に出来ていて、眺めてもなにかもの足りない様な、何か加えたいような気持ちで居た。

今描いているのは「よわいちからシリーズ」だが、どうもその路線とは違う。

しばらく放って置いたが、能楽堂の舞台を見てからこの絵を見たら「あぁこれで良いんだ」と分かった。

これは舞台装置のような絵で、室内装置とも呼べる。

この絵の引き立て役はその場所に居る人になる。


その日の温度湿度風が、板の絵の具の乾き具合を勝手にいじり、とても再現不可能な模様を描いた。

ボクが筆で描いた絵じゃないけど、これはこれでボクを通して現れた絵だと言える。

だから題名も「能」にした。










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by prema-maaru | 2018-05-28 14:14