<   2018年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

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花になる


里山のふもとの

清流のくぼみで

裏庭のひかげの

誰も見ない場所

工事現場のわき

あの子が通る道

毎朝おはようと

風にゆれる花に

花になる



A1size 594x841mm

*販売済み


東京ノーヴィ・レパートリーシアターの演劇を初めて観た時に、大きな違和感を持った。
舞台の役者が観客では無く、同じく舞台にいる登場人物に話しかけていたのだ。
ボクは演劇をそれほど観た経験は無いが、いまここで、経験した事が無い物事が起きていると思った。
普通は、というか通常は、役者は観客に向けて台詞を話す、聞き取れる様に、意味が通じる様に。
しかしここでは、舞台に上がっている人々が、それぞれの関係において会話している。
観客はそれを現実のものとして傍観していたのだ。

つまりここには「表現する」じゃ無く「理解する」が繰り広げられている。
この式は実際他にほとんど見当たらなくて新しいが、しかしとても太古の香りがする。
後日演出家のアニシモフ氏の講義をあずみちゃんが聞いた時に、彼がそれを「意図している」のだと分かった。
ほとんどの芸術家は「表現」をしているが、この舞台の役者は「どれだけ理解しているか?」に注力していた。
驚きと同時に、この式は自分も大切にしているもので、同じ事を大切にしている友に出逢ったと思った。

多くの芸術家は表現をしてしまっている。
いや、芸術家に限らず、経済や政治や行政も一般の仕事もそれだ。
その「外向き」の観客(対象)を想定した行為は、どこまで行っても平行線を描く。
これは資本主義や個人主義に象徴される、競争原理が支えている。
外向きのこれは、内容よりも見栄えだし、他者がどう自分を見るか?評価するか?が重要な点だ。

それを「内向き」に方向転換して「理解」になると、交わらなかった線は始めから織模様を見せる。
自らが他者を先手で理解し始めたら、自己の表現は突出する事を止め、自己の行為が皆の行為に変わる。
そして皆は気づく「これは私の事だ」と。
皆の為、という犠牲的な行為では無い、むしろ最高の贅沢を理解した、生命力の働きを理解した、とても自然な生き方になる。
ボクはそうして生きている人の代表に天皇皇后を観るし、普通の人のお手本として在るのが分かる。
天皇皇后は日本に君臨しているのでは無く、皆を支えようとしている。
それは行動にはっきり表れている、お二人はずっと「理解しよう」としているのだ。

歴代のいわゆる超一流の人々の多くは、表現では無く理解をしようとしていた。
理解は終着駅が無いので、知れば知る程分からない事が分かってくる。
瞬時に位置を変えるし、今迄の理解を簡単に覆す。
それを諦めないで取り組んだ結果として、素晴らしい表現としてにじみ出ているのだ。
理解が進む時に表れる表現は、知識では無く知性になっている。
知識は限られた人しか使えないが、知性に育ったそれは万人に恵みをもたらす。

極が極まって表現が理解に変換されて行った先に、私達が想像も出来なかった新しい知性が産まれるように思う。
それが100年先でも、1000年先でも良い。
若い世代にはもう「表現」よりも「理解」を選ぶ人が大勢居る。
それが大きな救いだ。


*ボクは『理解』を日本語の『理』を『解する』という意味よりも、英語の「understand」に本来の真意を観ています。

つまりunder(下意識)にstand(立つ)です。

下意識(潜在意識)まで至った見地に立つという意味です。



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by prema-maaru | 2018-07-24 06:55
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お産の絵 津山市 かたつむり助産院


開始直ぐにご連絡いただいた「お産の絵」は全てお送りしました。
常時承っておりますので、ご連絡下さい。
助産院だけでは無く、出産設備のある病院は全て対象です。
どうぞよろしくお願いいたします。
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by prema-maaru | 2018-07-20 05:57
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「お産の絵」北杜市 ほくと助産院

産まれてくるこどもたちへ。


くわしくはコチラをご覧下さい。
お産の絵
常時受け付けております。



これで4つの絵を描いて、当初に比べると「どこに向けて描くのか?」というチューニングも合いやすくなりました。

「どこに。」というのは、この絵は全国各地の助産所や、まだご希望の連絡はありませんが、産院とか病院とか、絵を掛けておく余裕がある場所だったらどこでも良いと思っています。

「お産の絵」はその施設に贈呈するというよりも、これから産まれてくるこどもに贈る絵だからです。


現在お母さんのお腹に宿った生命も、未だ受肉をしていない、これから数年後に産まれてくる子も、もっと先に産まれてくる子も、それまで居たところ。

ところと言うと何か特定の場所があるような言い方ですが、むしろその場所の方が広く大きくて、私達の住む世界はそこから見たらほんの小さな特定の場所のような気がします。


ですからボクは「そこ」の生命力に向けてチューニングを合わせていて、だんだん描き進む内に、本道というか本筋というか、これこそがARTそのものなんじゃ無いかと再発見するのです。

未だ姿かたちを持っていない、けどはっきりと居るもの、それを霊と呼んだりエネルギーみたいに言う事もありますが、私達の世界を創り出している本元に常に意識を合わせていると、日常で見える風景も言葉も、まるで違う様に思えて行きます。


よくよく考えれば、死というものは見かけだけのもので、万物は見えても見えなくても常に生育しか出来ない事が分かります。移り変わって行くしか出来ないのです。

今は未だ生命力として働いている力が、男女の出逢いによって受精して細胞分裂を始め、少しづつ「にんげん」に近づいて来て、誕生して空気を吸い込みこの世界の仲間になります。

それから人生を生きていつか死を迎えて、また生命力に溶けて動き始めます。

生命はいつも居るのです。


こうしていつも見えないものへ、姿が無いものに気持ちを向けていると、眼に見える色や形があるものの貴重が奇跡と言うレベルなんだと感じてこみ上げるような気持ちに成る事が度々あります。

自分は絵を描いて来て、ここに来てようやく今までの苦労が報われた様な、還る場所に帰って来た様な気持ちです。

「お産の絵」は誰かに見せるための作品では無く、新しい生命を出迎える生命力の祝辞のようなものです。











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by prema-maaru | 2018-07-12 21:53
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「お産の絵」北名古屋市 すこやか助産院

産まれてくるこどもたちへ。




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by prema-maaru | 2018-07-06 16:47